昭和13年頃、宅地造成がなされ、大西土地拓殖株式会社(後に大西拓殖株式会社)により「文の里」(現在の3丁目)と「光の里」(2丁目、3丁目)として分譲された。その際、このあたり一帯(の東山の池)に住むという大蛇を鎮魂するために、植田山白龍社が祀られた。